〜日本の屋根の歴史をたどると、「切妻」と「寄棟」に分けられる〜
屋根の形には基本形があり、それぞれに名前がついています。しかしどこか高いところから街を眺めてみれば、実際の建物は下図のように単純な形をしていないことがわかるでしょう。
陸屋根(ろくやね)と片流れ(かたながれ)が組み合わさっていたり、寄棟(よせむね)の一部に切妻(きりづま)が突出していたりと、どれひとつとして同じ形がありません。しかしいずれも基本形が組み合わさったものとして理解できます。
日本の屋根は、歴史をさかのぼっていくと「切妻」と「寄棟」の2つにたどり着くと考えられます。
切妻は、伊勢神宮や出雲大社に見られるように神社建築に多く用いられてきました。また古代貴族の住まいも切妻が多かったようです。これらの神社や貴族住居は、弥生時代に南方から稲作文化とともに入ってきた高床の建物にその源流があると考えられています。
一方で、寄棟は芽葺きの農家に多く用いられていました。芽葺き屋根の構造で特徴的なのは、合掌で棟木を支えることで、切妻のように束を用いません。この芽葺き屋根の源流をたどると縄文時代の竪穴住居にたどりつきます。竪穴住居はアイヌの住居にも共通性が見られるため北方系に起源があると考えられます。
このように日本の屋根は、南方系の貴族的な切妻屋根と、北方系の庶民的な寄棟屋根が長い時代にわたって共存してきたようです。そして現代では、切妻、寄棟の他に、片流れ、陸屋根、入母屋etc・・・これらを組み合わせた形など様々な形をしています。

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